川崎平右衛門の知恵と人徳と功績
平右衛門の知恵
●資金難を解決するため、象や白牛の糞を乾燥して薬にして売り、
そのお金を金持ちに公金貸し付けで利益を得て資金を稼いだ
●玉川上水の両岸は松が植栽されていたが、小金井橋(小金井市桜町)の上下流両岸約6kmに
渡って2千本余りの山桜を植えた。桜が植えられた理由としては、江戸から花見客を
呼び込む為(今で言う町興し)、古くからの言い伝えにより桜の花が水の毒を消す作用がある為、
両岸の土手を花見客が踏み固めてくれるからなど、諸説がある。
謝恩塔と供養塔

1789年(元文4年)、南北武蔵野新田世話役を命ぜられ、凶作で壊滅の危機にひんしていた武蔵野の村々の救済と復興に尽力した。平右衛門の後を継いだ伊奈半左衛門もこの政策を受け継ぎ武蔵野の新田開発は進展した。平右衛門の功績をたたえ、武蔵野新田八十数カ村の農民によって1795年(寛政7年)に真蔵院(小金井市関野町2-8-4)に供養塔が、1799年(寛政11年)妙法寺(国分寺市北町3-1)に謝恩碑が建立された。
写真左:川崎平右衛門謝恩塔(妙法寺) 写真右:川崎平右衛門供養塔(真蔵院)
1745年(延享二年) 、美濃国本巣郡の四万石の代官となり、輪中堤防を廻らした洪水地帯の治水工事に功績を残した。

1762年(宝暦12年)、石見銀山の石見国大森代官を任じられた。
1767年(明和4年)、勘定吟味役兼諸国銀山奉行となった。同年6月、73歳で没した。
川崎平右衛門のお墓は 龍光寺(府中市押立町4-35)にある。東京都指定重要文化財に指定されている。

府中市名所巡り 「ききんすくった平右衛門」