六地蔵
小金井村の六道の辻に六地蔵が1707年に建立されてから300年
小金井市内の六地蔵
宝永4年(1707年)六地蔵
●六角錘の一面の幅は22㎝、高さ1.4m
六地蔵は、人間が死後,生前の善悪によって行きめぐる地獄,餓鬼、畜生、修羅、人間、天上
の六つの苦界(六道)で、衆生の苦しみを救う六種の地蔵菩薩です。病疫や悪霊の侵入を防ぐ
境の守りとして、村境、辻、寺や墓の入り口などに見られます。
この六地蔵は笠付きの六角柱の各面に一体ずつ半肉彫りにされており、
それぞれ、印相や持ち物に違いがあります。
塔身に、
「奉建立六地蔵壱品念仏講中
為二世安楽也丁亥宝永四稔九月廿四日 武州多麻郡小金井村念佛同行四拾六人」
と銘が刻まれています。
平成六年一月三十一日
小金井市教育委員会

●
愛称
《六地蔵のめぐみ 黄金(こがね)の水 》
小金井市は、國分寺崖線、通称「はけ」と
呼ばれる独特の地形がもたらす、豊かな水と緑にあふれたまちです。
小金井の地名は「黄金に価する豊富な水が出る」ことから、黄金(こがね=小金)井になったと言われています。

貫井共同墓地6地蔵

金蔵院6地蔵
<資料7 地蔵菩薩 /六地蔵> ◆出典:フリー百科事典Wikipedia
● 地蔵菩薩とは
(じぞうぼさつ、Skt:Ksiti - garbha)は、仏教の信仰対象である菩薩の1人。kuksi(大地)と、garbha(胎内、子宮)の合成語で、意訳して「地蔵」と言う。
大地が全ての命を育む力を蔵するように、苦悩の人々をその無限の大慈悲の心で包みこみ、救う所から名付けられたとされる。一般的には「子供の守り神」として信じられており、よく子供がよろこぶお菓子が供えられている。
日本においては、浄土信仰が普及した平安時代以降、極楽浄土に往生のかなわない衆生は、必ず地獄へ堕ちるものという信仰が強まり、地蔵に対して、地獄における責め苦からの救済を欣求するようになった。それと同時に、地蔵を閻魔の本地仏と考える信仰も広まった。地蔵像は、密教では胎蔵界曼荼羅地蔵院の主尊として菩薩形(有髪)に表されるが、一般には比丘形(僧侶の姿)で袈裟をまとい、左手に宝珠、右手に錫杖を持つ形、または左手に宝珠を持ち、右手は与願印(掌をこちらに向け、下へ垂らす)とする形の像が多い。
<各種地蔵名>
◇病苦の身代わり:化粧地蔵/おしろい地蔵/味噌なめ地蔵 /あごなし地蔵
◇子宝・子育て守護:賽の河原地蔵/子育て地蔵・子安地蔵/子守地蔵/三体地蔵
◇厄除け:釘抜き地蔵/とげぬき地蔵/引導地蔵/水子地蔵/六地蔵 /苦抜き地蔵
◇災難予知・危難防御:汗かき地蔵/しばられ地蔵/芋地蔵
◇延命・開運・勝利:延命地蔵/首つぎ地蔵/勝軍地蔵/開運地蔵/無尽地蔵
● 六地蔵とは
日本では、地蔵菩薩の像を6体並べて祀った六地蔵像が各地で見られる。これは、仏教の六道輪廻の思想(全ての生命は6種の世界に生まれ変わりを繰り返すとする)に基づき、六道のそれぞれを6種の地蔵が救うとする説から生まれたものである。
六地蔵の個々の名称については一定していない。地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人道、天道の順に檀陀(だんだ)地蔵、宝珠地蔵、宝印地蔵、持地地蔵、除蓋障(じょがいしょう)地蔵、日光地蔵と称する場合と、それぞれを金剛願地蔵、金剛宝地蔵、金剛悲地蔵、金剛幢地蔵、放光王地蔵、預天賀地蔵と称する場合が多いが、文献によっては以上のいずれとも異なる名称を挙げているものもある。
いずれにしても、像容のみからそれぞれの地蔵がどれに当たるかを判別することはほぼ不可能である。日本では、六地蔵像は墓地の入口などにしばしば祀られている。